天上の海・掌中の星 “秋色の空、秋色の…”
 



          




 ここ数年ほどは残暑が厳しい秋が続いており、しし座流星群が話題に上る頃合いを境に、ほんの一晩を跨いでいきなり秋めく唐突さが もはやセオリーとなりつつあるほど。
「まあ、まだ九月になって間がないくらいだから。」
 そんな程度だから、秋本番となるほど先のことはまだまだ判らないけれど。朝晩は結構いい風が吹くようにもなったし、耳を澄ませば虫の声だってするから、気分的には“夏はもう終しまい”という感があるこたあって。
「今年はサンマが太くて美味しいし、暑かったから梨も甘いしvv それに そろそろ、栗や新のお芋も出回るよなっvv
「…お前は食べ物でしか季節感を感じないのか。」
 まぁま、食欲の秋って言いますし、ご飯が美味しいのは元気な証拠で、健康で何よりじゃあありませんかvv とゆことで、こちらの二人も秋の訪れを心待ちにしてらしたようですよ?
「おうよっ。夏休みも忙しかったけど、二学期は二学期で行事が一杯あっしな。」
 ………ほほぉ。お忙しかったんですか、夏休み。
「まあな。」
 むんっと胸を張ったルフィ坊や。それは自慢げに並べて下さったのが。


 あんなあんな? 成り行きで、ゾロとナミさんとでオレんこと取り合うような“鬼ごっこもどき”になっちゃったり、サンジがゼフ爺ちゃんから出された“しくだい”で、夏の絶品オリジナルスィーツを新しいの20個も作ることになったり、チョッパーと俺とで天炎宮の森で林間学校ごっこしたり。いつぞやの龍と仲直り
(?)して背中に乗せてもらったり、ノジコさんのわんこと天水宮の泉の底までもぐりっこして、珊瑚の森で人魚の友達がいっぱい出来たり。あ、そうそう、ビビさんっていただろ? サンジの知り合いの聖封の、髪が長くて凄げぇ美人のvv あの人、人魚の国のお姫様だったんだぜ? 知ってたか? 難しい能力者の試験に合格したんで、水のないとこでも平気になれるおまじないをゼフ爺ちゃんから伝授されて、そいで今みたいに活躍してんだってサ。それからそれから えっと〜〜〜。


  さて、ここで問題です。
  ルフィがこの夏休み中に本当に楽しんだものは どれとどれ?

    1.全部。
    2.こんなもん、まだ序の口。


  「もーりんがサボッてたから書き切れなくて、
   そいで皆は、全部を知らなかったってだけなんだよな?」

 あんたねぇ…。そんな可愛い顔をして、そうまで棘のある言いようをするもんじゃありませんっ。
(爆)






            ◇



 冗談はともかくとして。
(苦笑) 宵闇が少しずつ立ち込め始めたお庭を、大窓の間近にまで寄って眺めながら、
「この夏は去年と同じくらいに暑かったよな。高校総体に行った先でも“熱中症には気をつけましょう”って、センセーたちから やたらと注意されたし。」
 タンクトップに半ズボンという超軽装のまま、デザート代わりの水色のアイスキャンディーにサクリと齧じりつきつつ。当家の腕白さんがもっともらしいお言いようをする。世界水泳に世界陸上。サッカーのチャレンジカップに、今年も白熱しましたの高校野球…と、観戦に熱くなったスポーツ系のイベントもたんとあったし、坊やご本人もまた、夏の高校生のスポーツの祭典、高校総体
(インターハイ)の柔道部門での都代表に選ばれたのでと、それに向けての練習&本番があったため、八月初めの前半までは休みとは言えない状態を過ごし。地震や台風が襲い来たりもしで、今年の夏もドタバタと落ち着かず、話題にも事欠かず。勿論のこと、天聖界にもいっぱい遊びに行ったし、お盆の前後には父上や兄上が海外から帰国して来たので、年に数えるほどという貴重な家族団欒に浸りもし。いやホントに、40日+試験休みくらいでは足りなかったくらいの充実振りだった。
「“しくだい”が少なくて助かったよん♪」
「だったよな。」
 高校生の夏休みの宿題といえば、英語や古文の翻訳&現代語訳とか、数学・理科系は問題集やプリント、現代国語は何かしらの論文か感想文という形での作文、社会科は地理であれ歴史であれ、政経であれ、自由研究レポートというところだろうか。だがだが、高校総体に出場したその上に、秋の国体への出場も内定しているルフィだとあって、顧問の先生が“練習に集中させたいので”と各教科担当の先生方に掛け合って下さり、インターハイに出向いた先をテーマにしたレポートと、英語の絵本の翻訳とその感想文だけという、破格の厚遇で済むように取り計らってくれた。
「ま、その代わり、二学期からの勉強に追いつけなくとも、それは自業自得んなるんだが。」
 緑頭の保護者殿が“ちろりん”と苦笑混じりの視線を向ければ、
「でーじょーぶだもん♪」
 おお、何か余裕のお返事ではありませんか? 食べ終えたアイスの棒をごみ箱へぽいっと放り、
「当分は“たんしく”授業だし、すぐにも体育祭の準備に入るし。」
 10月に入ったらすぐの行事だろ? 練習だってあるしで、応援とか仮装行列の打ち合わせもあるし、横断幕やお揃いのポンポンとかメガホンとかも作らなきゃいけないしって、やることは沢山あるからさ。授業の方は皆だって、ついつい上の空になっちゃうに違いない。だから、他の皆に追いつくにしてもさほどのハンデはないんだよんと。ルフィ坊やにしてはなかなか説得力のある、辻褄の合ったお説を展開させて。自信満々でソファーまで戻って来、こちらはキッチンの後片付けを終えてやって来たゾロのお隣りへと、同じタイミングにてぽそんと腰掛け、落ち着いた。…ところで“たんしく”ってのは何なんでしょうか?
「お昼までの授業のことだっ。」
 ああ、短縮ね。
(笑) そうまで舌っ足らずでしたかね、ルフィさんてば。暑かったのどうのと もっともらしいことを言ってたくせに。間際になった頼もしいお兄さんにしがみつき、こちらさんも薄手のシャツ越し、隆と張った筋肉のごっちり硬い感触がほぼダイレクトで伝わってくる胸板やお腹へと、むぎゅ〜〜〜っと柔らかい頬を擦りつけたりし。
「何だなんだ、もう眠いのか?」
「違わい。」
 言いようと裏腹、うくく…vvとばかり。何にだか、妙に楽しそうな含み笑いをしてのお返事になったのはネ? 相変わらずの子供扱いをするよな言い方をしながら、大きなゾロの手のひらが自然な流れで頭の上へぽそんって乗っかったから。まとまりは悪いけど指通りはいい、そんな坊やの髪へと指を差し入れ、大まかな所作で手櫛で梳いてくれるのが、凄っごく凄っごく気持ちがいい。ゾロの少し堅い指の腹が、髪の毛越しじゃなく直に頭に触れるのがネ? ただの“いい子、いい子”よりも濃ゆい気持ちで、愛しい愛しいって触れてくれてるみたいな気がして嬉しくなるし、気持ち良すぎて意識が“とろ〜んっ”て蕩けそうになる。
“すっかり安心しちゃうからなのかなぁ…。”
 ゾロはホントは“破邪”っていう精霊で、この体も…見栄えは本人のそのままの姿だそうだけれど、この地上で過ごすには“殻”っていう容器
(いれもの)が要りようなんで、それを作ってる物質っていうのか“組成”っていうのかが、俺たち人間とか どーぶつとかとは微妙に違うんだって。でもね、そんでも温ったかい。男らしい、精悍ないい匂いもするし、胸とか腕とかお腹とか、頼もしいくらいの堅さだし。それだけじゃなく、実は凄っごい力持ちでもあって。ぐぐって力を込めると、二の腕も前腕も胸も、もっともっと堅くなって、不用意にごつんって叩くとこっちが痛い時もあるくらい。そんな頼もしいところへ隈無く全部。ぐりぐりぐり…って、頬擦りして頬擦りしておでこも擦り擦りってしてvv やっと満足すると、はぁって一息。さては、縄張りを誇示するのに必要な“マーキング行為”だったんでしょうか、ルフィ坊っちゃんたら?
“おいおい、こいつはネコなのか?”
 第一、さっき風呂から上がって来たところだし…ということは。じゃあ、ゾロの匂いをもらってたとか?
“………あんたなぁ〜。///////
 そいや、秋ったら“さかり”の季節ですよね。
(笑) ご飯を食べて、食休み。それからゆっくりお風呂に入り、上がってからの大事な一時。やがては坊やが睡魔に負けて、うとうと、お船を漕ぎ出すまで。他愛ないお喋りをして過ごすのが、彼らの夕べの大切な日課だ。今日はというと“秋と言えば”な話題なぞ、並べかかってた二人だったのだけれども。大好きな精霊さんの懐ろにもぐり込み、大きな手で髪や頭や、撫でてもらっていた仔猫な坊や。
「体育祭か。そういや、親父さんから新しいハンディ・カムが届いてたな。」
 今度のは何とハイビジョン対応なのだそうで。…家電メーカーの思うツボですな、お父上。
(笑)  今年もきっちり、その勇姿を撮影してやっからと励ませば、だが、何を思い出したか、ふっと口を噤むと、視線がキョロキョロと落ち着かなくなったルフィであり、
「ルフィ?」
 そんな挙動の不審さに、いち早く気づいたゾロが“どうした?”と声をかければ、
「あんな…。」
 もそもそと、先程までのはしゃぎっぷりから打って変わって、困ったように口ごもってしまう。そんな揚げ句に、

  「運動会には来なくていいから。」
  「はい?」

 先にも触れたが、二学期といえば。一番長い学期なのと、気候が良くなることへと合わせて、行楽行事や催し物などといったイベントの類も何かと多い期間でもあって。高校生ともなると、さすがに…リュックを背負ってセンセの引率の下、二列縦隊になって…という“遠足”なんてものはなくなりもするが、体育祭やら文化祭やらは話が別。小学生や中学生の頃とは違い、主催も生徒会が執行する運営態勢となり。それってどういう意味なのかと言えば。先生方から行動への指示や指導が与えられるのではなく、学生が主体の催事であるということで。だからして…先にも坊やがちょろりと並べたように、当日まではそりゃあもうもう忙しい。用具の準備や滞りのない進行への段取りなど、そういった当日の運営だけでなく、来賓へのご案内の手配や会場の設営、連絡網の統括と管理などなど、それほどもの大きなことさえも、生徒会やその下に立ちあげられる“運営委員会”のメンバーたちが任され、形にする。一般生徒たちだって、出場競技への練習の他にも、自分たちの観覧席の準備や設営から、応援合戦用の様々な小道具の準備などを、自分たちで一から考える訳だから、そりゃあ…気もそぞろにだってなろうし、当日のみならず準備段階からも、ウキウキ・ドキドキ・わっくわくvvと皆して心弾んで取り掛かる一大イベントとして、どこの学校でもそれなりに盛り上がる行事として数え上げられるもの…である筈だけれども。
「ルフィ?」
「………。」
 このお祭り大好き小僧が、なのに“一緒に盛り上がろうぜっ”と呼ぶならともかく、来るななんて言い出すとは…意外な事この上なくて。俯きがちになった目許では、睫毛の下で潤みの強い瞳が落ち着きなく泳いでる。

  “………ルフィ?”

 思えば、ゾロが当家に居着くようになってから数えて、もう4年目の秋を迎えることとなり。最初の2年は中学校のへ、昨年はV高校のへと、聖封様謹製の豪華なお弁当を提げてお邪魔したものだが。どの大会もそりゃあ盛況だったし、ルフィ本人も随分と張り切ってたし………と、思い出しかけて。

  “………あ。”

 昨年の体育祭というと、あの“召喚師”が具体的に行動を起こした忌まわしき騒動の発端でもあって。自分が誰かに狙われているのだというのが明らかになり、気持ちの悪い不安な日々を送ることとなったその切っ掛けの日でもあり、
「…俺が行くと、思い出しそうなのか?」
「違う。」
 こんなにも言葉が省略されていても、何が言いたいゾロかはあっさりと通じて。そんなものは怖くなんかないと、はっきりと断じて見せるが、
「じゃあ、何で…。」
 ぶんぶんとかぶりを振り、ぎゅうっと胸板へしがみつく。
「とにかく、来ちゃダメなんだっ。」
 何だろうか。もっと切迫した何か? 小さな手に力が入って…握り込まれた指の節が、白くなってて牙のよう。感受性の高い子だから、何か…得体の知れない不吉や不安を感じてるとか? ゾロにとっての、この坊やの唯一にして最も困った点は、この自分が彼の守護なんだということ、時々うかーっと忘れて下さることで。
「ルフィ、言ってくれ。何でダメなんだ?」
 負担になりはしないかと、むぎゅうっと胸に秘めて我慢してしまうなんて順番が違う。ルフィがそうやって困ってたり苦しそうだったりするのが、自分には一番辛くて手痛いのだと。そうとはっきり言えない不器用なお兄さんも、いい勝負ではあるのだけれど。それでも…あのね? 俯いてるお顔を覗き込もうと顔を近づけて来たり、逃げないようにって、ルフィを抱えてる腕に無意識だろう力が籠もってたりするのが伝わって、

  「………。////////

 本当に心配されてるんだっていうのは、ちゃんとルフィへも届くから。まだ少し躊躇しつつも…何とかお顔を上げて見せ、重そうだったお口が開いて、

  「あんな? 文化祭で…ゾロが注目されることんなるから、だから ヤなんだ。」
  「……………はいぃい?」

 な、何か、却って判りにくいんですけれど、ルフィさん。体育祭の話をしているのに、何でそこに“文化祭”が出てくるのでしょうか?







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